
この記事のまとめ
いないいないばあっ!わーおをまじめに考察
わーおにも隠されたメッセージが存在する
やっぱりNHKは凄い
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ブンバ・ボーン!の意味を真剣に考察
この記事のまとめ ブンバ・ボーンをまじめに考察 ブンバボンボとブンバボーンには関係性がある ブンバ・ボーンに人間が出てこ ...
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「わ~お!」の考察
「わ~お!」をご存知でしょうか。
Eテレの幼児向け番組「いないいないばあっ」のダンスコーナーにて流れるおなじみの楽曲です。
(わーおと聞いて真っ先に志村けんを連想した方は極めて正常な反射反応ですのでお気になさらず。私も最初はそうでした。)
対象(ターゲット)年齢は0~2歳だそうです。
約1歳半のmyムスッメもやはり「わ~お」が流れると楽しそうに小躍りしています。
幼児向け楽曲なのでその歌詞たるや意味希薄なものと思いがちですが、そんなことは無いと私は睨んでいます。
天下の日本放送協会がそんな意味不明なものを国民に対して提供する筈がないというのはもちろん、少なくとも「わ~お」には幼児の心をくすぐるなんらかの術を行使しているのは明白です。
懸念すべきは、この先の義務教育期まで「おかあさんといっしょ」~「みいつけた」という適正な年齢階層別コンテンツにより、場合によっては洗脳ともいえるような効果を子供に施そうとしている可能性も捨てきれません。
よって、この歌詞の意味を読み解き、安全なものか否か判断する必要性があるでしょう。
歌詞、すなわち「言葉」にはその発音する記号表現と一体となって必ず意味(記号内容)があります。
例えば、「わんわん(wanwan)」という音が記号表現、「犬を模した着ぐるみに入っているチョーさん」という対象(あるいは概念)が記号内容に対応します。
また、1つの言語には複数の意味が存在する場合があります。
歌詞などは特に顕著で、例えば「雨」なんて一言いった日には「降りしきる雨」と共に「哀しい心の状態」なんてものがその意味、意図に含まれる場合が稀によく見られます。
さらに、「かくしごと」と言えば「隠し事」と「書く仕事」といったように全く別の意味をもつ言葉もあったりします。
こうなると一言だけでは伝わらないため、言葉の受け手がその意味を理解しようとする行動(=考察)が必要となります。
下記、その歌詞(言葉)の真の意味を考察しながら理解を深め、子供達が何を感じ取っているのか、NHKは何を伝えたいのかを推察したいと思います。
「わ~お!」の歌詞の意味
おいで おいで おいで おいで ピョーンピョン!
「みんな」とは皆(ALL)、または「見るな」という拒絶表現であると思料されます。
まぁ何もしてないのに始まっていきなり「コッチ見るなや」というケンカ腰であることは通常考えづらいですし、後の「おいでおいで」と相反する表現であるため、ここは前者の意味と解す事が妥当でしょうか。
さて、「全てのみんな」という事であれば1回で済むところ、4回のみんなに発信しています。
是即ち「4回」であることにも意味があるということです。
4といえば、四大陸や方位を司る四聖獣等が挙げられます。従ってこれには、そんじょそこらのみんなではなく、世界中のあらゆるみんなを対象とするぞ、といった確固たる意志が垣間見られます。
ピョーンピョンとは跳ねる擬音ですが、跳ねるという事はまずは膝を折り、姿勢を低くする必要があります。
これは世の理のひとつです。何かを得るためにはまず何かを差し出す。「高さ」とは「低いなにか」があるからこそ意味や価値を成しています。
「おいで」とは、まずはコッチに来いという意味なのでしょうが、恐らく違う意味も内包すると考えられます。
それは「老いで」です。
人生とは「生誕」から「死」までの軌跡ですが、老衰以外の要因によりその人生を終える方がいるのも確かです。
何を持って幸せな人生だったかは人それぞれですが、ここでは「老衰による大往生というゴールに向かって人生が走りはじめたんよ」という導入部分ととらえることも可能です。
「ピョンピョンとスキップでもしながら行こうや」とでも付け加えると心も体も軽くなるでしょうか。
そーらそら おそらに わーお わーお わーお わーお!
みんなでね こんにちわーお!
さっそくタイトル回収しました。
が、「わーお」とは一体なんなんでしょうか。
一般的には感嘆の言語表現なのでしょうが、今日日なかなか「わーお」と言うことも少ないように感じます。しかも虚空に向かって4回もわおわお叫ぶなんて中々狂気じみた光景です。
おそらく「わーお」においても他の意味がある筈です。
あらゆる手をつくし調べた所、私の脳内にあるWAO(World Animal Organization)【通称:ワオ】という団体によれば、「ワーオと言って連想する事象」の総合第1位は「ワオキツネザル」だったそうです。
ワオキツネザルといえば、我々と同じ霊長類ですが、社会性は異なり、完全にメスが優位(女尊男卑)だそうです。ケンカでもメスが強く、当然のようにオスが食べているものを奪ったりするそうです。(既視感)
メスは擬陰茎(巨大化した陰核)を有しており、これがそのような社会性を生み出しているとかいないとか。
フロイトによると我々人類のオスは男根期という性的な目覚めにより男女の違いを認識し、葛藤していくそうです。(エディプスコンプレックス)
男女の違いのスタートはどこの世界も生殖器のようです。
「さいしょは、ゆび!」
ねぇねぇ ピピピ ピピピのピ
あちこち ピピピ ピピピのピ
「おしりー!」
みてみて どんぱ どどんぱどん
ぐるっと まわってー どんぴたっ!
「ゆび」は男性器、「おしり」は女性器を暗喩しているものと思われます。
「さいしょは」と強調する事で完全に「男性優位」を謳っています。
「あちこちピピピ」というのは、オス特有の子孫繁栄の本能で、できるだけ多くのメスに自分の遺伝子ばら撒きたいという無意識の欲求の事でしょう。(私にはちょっと理解出来ませんが)
「みてみてどんぱどどんぱどん」とは、女性側の意見で、直訳すると「おい男共、いい加減にしないと、見てみぃこのどどん波(鶴仙流)でおしおきよ」といったところでしょうか。
ぐるっとまわってどんぴた!とは「まぁなんやかんやあったけどもピタッと平等な関係でいようや」的な結論に人類が至ることへの期待、を意味していると思われます。
我々ヒトの現代社会は男尊女卑が薄まってきたとは言え、根底はまだまだ完全な男女平等とは言い難いと言えます。
そんな世の中にワオキツネザルのような女性優位社会というアンチテーゼのようなものをぶつけ、「ヒト種」という小さい枠組みで争っている事への皮肉を示し、未来の男女のあり方を子供達に考えて欲しいという強いメッセージが感じとられます。
“だんごむし だんごむし
まって まって まってって
だんごむし だんごむし
ひっくりかえって だんごろりん
「きゅるきゅるきゅるきゅる~…ころん」”
ダンゴムシといえば丸くなることが特徴で、
「人間が丸くなる」とは、色々な経験を積んで精神的に成長することを指します。
そして、たとえひっくり返ったとしても完全な球体であれば、それは最早ひっくり返ったとは言えません。
ハプニングがあったとしても人として丸く成長していれば何事もなかったかのように対処できるため、とにかく経験を積みなさいというここはダンゴムシ先輩からのありがたい助言です。
また、ダンゴムシは落ち葉を食べて土壌を豊かにするだけでなく、漢方薬の材料や、災害時の非常食としても利用できるそうです。
初めて歌詞見たときはなんじゃダンゴムシてと思っていましたが、こんなにもありがたい存在だったんですね。
ちなみにウチの子はここのダンゴムシパートが大好きなようで、「最初はゆび!」のあたりからもうずっとダンゴムシ状態を決め込み、まってまって言うてるあたりで早くもダンゴロリンしてしまいます。
将来が楽しみです。
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「みんなー、おきてー!」
5、4、3、2、1、わーお!
わおわおわーお! わーおわおわお! わーっ!
わおわおわーお! わーおわおわお! わーっ!
ここの「おきて」とは仏教でいうところの六道輪廻による転生を意味すると解されます。
上の「ころん」のところでその生涯をひっそりと閉じ、また新たな人生が始まろうとしています。
六道輪廻とはその名のとおり、6つの道のいずれかに転生するそうです。
5、天道
4、人間道
3、修羅道
2、畜生道
1、餓鬼道
わーお、地獄道
徳を積めば天道へ、悪事を行えば地獄道へ。
つい今しがた人間として転生をし、あらたな人生を歩み始めたばかりの幼児たちへ、なんと次の転生先への案内もついています。
いや~周到な歌ですね。
ここでの「わーお」は地獄に落ちたらえらい大変だよという注意喚起でしょう。
あわただしく走り回ってその責め苦を表現しています。
尚、地獄道に落ちると次に転生するまで少なくとも人間世界の時間で1兆6653億年かかるそうです。
宇宙の年齢ですら約138億歳なので、そりゃあもう「ぅわ~お~!」って感じですね。
地獄について学びたい方は「地獄絵大全」を読むと地獄について詳しく知ることができます。
「しーっ!」
みんな みんな みんな みんな ピョーンピョン!
おいで おいで おいで おいで ピョーンピョン!
そーらそら おそらに わーおわーおわーおわーお!
みんなでね こんにちわーお!
みんな みんな みんな わーお!
「しー!」は死(し)と始(し)の二つの意味を担っています。
そしてまた同じ歌詞を繰り返し。
これの意味するところは、転生後の新たな人生の始まりと、その先無限とも言える人生のn回目をも包括的に表しているのではないでしょうか。
わーお!流石だぜ!
前回のブンバボンもそうでしたが、やはりこの歌も人生の歩き方ガイドマップと言ったところで共通する部分は多いです。
さすがは教育テレビ!人生の教育がこれでもかという程に詰まっておるようです。
もはや「わーお」という一言だけで上記すべての意味をギュっと含んでいるのでしょう。
つまり、「わーおの歌詞」とは、「わーお」という言語意味を示す辞書のような枠割を担っているのではないでしょうか。
もし次、「わーお」を聞いたときには、こんなにも多岐多様な意味があったことを心のアンテナで受信できる筈です。
即ち、志村けんの「いっちょめいっちょめ、わーお」とは東村山市1丁目への「多様な愛」を謳った讃美歌だったわけですな。
知らんけど
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